怒りのあまり交渉を打ち切ったのはいいが,はたと困った。 なにせ,テレビで知っている,かつら店は,大手2社だけ。そのどちらも断ってしまったのだ。 それ以外に,かつら会社を知らない私は,次の手に困った。 だが,問題は簡単に解決した。新聞の下の方の広告欄に,たくさんの会社が広告を出しているじゃないか。どこも聞いたことのない,かつら会社ばかりだが,大手2社より値段も安そうだ。 その日のうちに,適当に選んだ,かつらショップを3店ほど回ってみた。 しかし大手のきれいで大きなビルとは違い,入っていくのが怖くなるようなぼろビルだったり,マンションの一室だったり,確かに安い理由はわかる。 その中でも安い店を選び,そこと契約することにした。 ペンシルビルの1フロアを使って営業しているところである。 地元ローカルな店で,店舗は2つだけ。 従業員は,店長を含めて常勤の2人と,非常勤が1人,そして事務のおばちゃん。合わせて4名という小さな店である。 応接室に通されたのだが,応接室という看板が付いているだけで,商品置き場を兼ねている。恐ろしいことに横の棚に客の名前の入った注文伝票が置いてある。 自分の名前を誰かが見たらと思うと非常にイヤである。個人情報保護が叫ばれる近年では考えられないいいかげんさである。 しかし,他店より安かったので決めてしまった。ローカルな店だし,店名は伏せよう。 増毛は1本30円。かつらは25万円だった。 1個と1万本で合わせて55万円の契約である。貯金を下ろして一括で支払った。 私の計画は,1年かけて増毛し,1年後の転勤と同時にへ,という シナリオである。したがってまずは増毛でスタートする。 契約の前に,お試しということで,少し植えてもらった。 出来合いの毛の束があり,その束の中から自毛に最も近い色合いのものを選ぶ。あとは,編み棒みたいな道具を使ってひたすら自毛に結んでいくのだ。 根気のいる作業である。 できあがりに違和感はなかった。見事に増えていた。 これなら、と、契約書に判を押した。 |